2026-09-07
武蔵野の落ち葉堆肥農法——330年続く、落ち葉で畑をつくる技術
2023年7月に世界農業遺産に認定された「武蔵野の落ち葉堆肥農法」を、数字と一次資料で整理します。1694年の三富新田の地割、一戸5ヘクタールの土地の使い方、落ち葉が堆肥になるまでの1〜2年、そして担い手不足という現在の課題まで。

落ち葉を集めて堆肥にし、その堆肥で畑の土をつくる。埼玉県西部で330年続いてきたこの農法が、2023年7月に世界農業遺産(GIAHS)に認定されました。何が評価されたのか、どういう仕組みなのかを、一次資料の数字で整理します。
認定の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称 | 大都市近郊に今も息づく武蔵野の落ち葉堆肥農法 |
| 世界農業遺産(GIAHS) | 2023年7月認定(FAOの公表は7月6日)。関東地方で初 |
| 日本農業遺産 | 2017年3月認定 |
| 認定地域 | 埼玉県 川越市・所沢市・ふじみ野市・三芳町の3市1町 |
| 位置 | 武蔵野台地上、東京から30km圏内の大都市近郊 |
練馬区は認定地域に含まれていません。同じ武蔵野台地の上にあり、落ち葉を土に戻す営みも共通していますが、認定の範囲は上の3市1町です。
出典と確度:
- 農林水産省「埼玉県 武蔵野地域」(一次資料・確度高)
- 農林水産省ファクトシート(PDF)(一次資料・確度高)
- 埼玉県の発表(2023年7月6日)(一次資料・確度高)
- FAO GIAHS 公式ページ(一次資料・確度高)
なお、国・県・市町の資料はいずれも「令和5年7月」「平成29年3月」と月までの表記で、日付までは示されていません。
なぜ落ち葉が要るのか——土の条件
武蔵野台地の土は、火山灰に由来する関東ローム層です。三芳町の調査報告書は、この赤土を「痩せた土質で乾燥すると風で舞い上がって飛ばされてしまう」と書いています。水も得にくく、開拓当初は用水を引けず、11か所の共同の深井戸で水を得ていました。
そこで、平地林(ヤマ)の落ち葉を堆肥にして畑に入れる。投入量の目安は、「一反の畑に一反のヤマの落ち葉が必要」。畑と同じ面積の林がなければ畑が成り立たない、という関係です。
出典と確度:三芳町『三富新田』調査報告書(PDF)(町の一次資料・確度高)
一戸5ヘクタールを短冊に割る
この農法の土台になっているのが、1694年(元禄7年)に開かれた三富新田の地割です。当時の川越藩主・柳沢吉保の命で開拓され、1696年に検地が行われました。
- 一戸分の区画:間口40間(約72m)×奥行375間(約675m)=約5ha
- 区画の内訳:屋敷地 約0.5ha/畑地 約2.5ha/平地林 約2ha
- 道路幅:6間(10.8m)
- 三富新田の面積:約1,400ha
手前から屋敷、畑、林の順に並ぶ細長い短冊が、道の両側に連なる。林は畑のためにあり、畑は林の手入れを続ける理由になる。落ち葉がその間を行き来しています。埼玉県指定旧跡「三富開拓地割り遺跡」として、この地割が保存されています。
出典と確度:三芳町「埼玉県指定旧跡『三富新田』」、埼玉県「三富地域の歴史」、農林水産省ファクトシート(いずれも一次資料・確度高)
落ち葉掃きから堆肥まで
- 時期:冬。農閑期にあたり、地域内の各所で落ち葉掃きが行われます
- 道具:ハチホンバサミ、クマデ(三芳町は購入費への補助制度を設けています)
- 堆肥になるまで:集めた落ち葉は土壌微生物の力で1〜2年かけて堆肥になります
- 林の樹種:コナラ、クヌギ、アカマツなど。屋敷林はケヤキ、カシ、タケなど
- 林の更新:15〜20年周期で伐採し、萌芽更新させる
- 育てる作物:サツマイモ(「富の川越いも」)、サトイモ、ほうれん草、ごぼう、かぶ、にんじんなど
1年あたりの落ち葉掃きの回数や、堆肥の切り返し回数を明記した公的資料は見つかりませんでした。農業専門メディアの取材記事には「冬場に4回ほど」「年に数回の切り返し」という記述がありますが、一次資料ではありません。
出典と確度:農林水産省ファクトシート(一次資料・確度高)、埼玉県「みどりの三富地域づくり懇話会提言」(県の一次資料・2009年)、三芳町 観光ページ(一次資料)
現在の課題は、人手
認定地域の推進協議会は、課題をはっきり書いています。「広大な平地林での落ち葉掃きは大きな労力が必要となる一方、落ち葉堆肥農法を行っている農家では担い手も少なくなってきています」。
そのため、農家以外の人が落ち葉掃きに参加できる落ち葉サポーター制度が設けられました。農林水産省のファクトシートによれば、令和4年3月末時点で実践農業者72軒、落ち葉サポーター79人。三芳町では体験落ち葉掃きのイベントも行われています(令和7年1月の回は9時〜12時、持ち物は飲み物・軍手・タオル)。
土地そのものも減っています。埼玉県の提言は、三富地域で1961年からの40年間に農地が25%、山林が44%減少したと記しています。
出典と確度:世界農業遺産武蔵野の落ち葉堆肥農法推進協議会(推進協議会の一次資料)、農林水産省ファクトシート(一次資料)、埼玉県 懇話会提言(県の一次資料・2009年掲載、減少率の比較期間は1961年〜約2001年)
資料から見える傾向
一次資料を並べると、次のことが読み取れます。
- 落ち葉を堆肥にして畑に入れる技術は、1694年の地割の時点で土地の使い方として組み込まれていた
- 必要な落ち葉の量は「一反の畑に一反のヤマ」。畑と林が同じ面積で対になっている
- 堆肥になるまでは1〜2年。作業の中心は冬
- 国・県・推進協議会がそろって挙げている現在の課題は、落ち葉掃きの労力と担い手の減少
- 土地も減っている(三富地域で1961年からの40年間に農地25%減、山林44%減)
技術が失われたというより、作業を担う人手と林の面積が減っている、という形の課題です。